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zoom RSS 【茨城交通】那珂西駅跡

<<   作成日時 : 2013/10/16 08:00   >>

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 昭和43年に廃止された茨城交通茨城線の那珂西(なかさい)駅跡は、40系統・飯富線(水戸駅〜大工町〜栄町〜茨大前〜飯富局前〜石塚車庫)または45系統・野口線(浜田営業所〜本町〜三高下〜水戸駅〜大工町〜栄町〜茨大前〜飯富局前〜石塚車庫〜野口車庫〜御前山車庫)の那珂西停留所で下車したところにある。鉄道運行当時の停留所名は「那珂西駅入口」だったが、廃止後に変更された。
画像←那珂西駅跡最寄りは那珂西停留所

 バス通りの国道123号線から信号を右に曲がり、旧駅前通りを歩いてほどなく、地元有志が大正15年10月の鉄道開業を記念して建立した「驛記念碑」があり、このように記載されている(原文ママ)。用地の提供や建設費の拠出に、多くの地元住民が協力したことが分かる。
画像←那珂西駅跡入口に建つ「驛記念碑」

                           驛 記 念 碑
大正九年茨城鐡道敷設工事出願翌十年二月許可驛ニ曰ク上水戸飯富藤井那珂西石塚阿波山御前山也
大正十三年八月篤志家丹下清蔵氏郷土開業ノ為メ偶驛建設敷地寄附ニ方々率先有志間ニ斡旋大ニ盡
力セラル於是町長町會議員有志相謀リ建設金拠出敷地買收寄附當驛初メテ建設セラレ
大正十五年十月開通式ヲ挙ク茲ニ叙シテ記念トナス

 突き当たりのT字路を左に曲がったところに那珂西駅があった。那珂西駅跡地は、かつて駅に勤務していた細谷三喜男氏が、茨城交通退職後に造園業を経営しており、当時の貨物ホームが復元されている。そのホームには、駅名標を模した表札が立てられている。 
画像←那珂西駅ホーム跡

画像←駅名標を模した表札

画像←表札の裏に建立した趣旨が記載されている
    
 細谷造園の玄関には、「石塚行」と「大学前行」のサボ、駅に掲げられていた「危険物持込禁止」の看板、記念乗車券、昭和34年月22日改正の時刻表などが大切に保存されており、ミニ資料館のようになっている。
画像

 ホーム跡と細谷造園の境界に残る井戸は、今でも現役だ。
 駅前に植えられていた桜の木は、残念なことに東日本大震災で折れてしまったという。記念碑も倒れたが、細谷造園の手で直したという。造園業なのでユニック車を保有していたことが幸いだと思われる。その際に、何の記念碑か分からないので、「驛記念碑」の文字を白く塗ったそうだ。細谷氏のように愛着のある方々がいなければ、倒れたままになっていたか、どこか撤去されてしまったのかも知れない。
画像←今でも使用している井戸

 40系統のうち、茨大前営業所担当ダイヤのうち、石塚車庫常駐車両は中型車に統一されていたが、平日の一部の便で混雑が激しいため、平成25年9月頃から大型車の日野U−HT2MMAA(水戸22 あ 16−04)が石塚車庫常駐となった。平日の大型車専用の交番に入り、土休日は動かない。一方、茨大前営業所の茨大前グループ担当の交番は、中型車と大型車どちらも入る。
画像←飯富線で運用される日野U−HT2MMAA(石塚車庫)


※細谷造園での写真撮影は、案内していただいた細谷氏のご子息の許可ならびに立ち会いのもとで行った。

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
またご無沙汰してしまいました。消えていった小さな鉄道を後の世に伝えていく例としては、ささやかですが好ましい事例ですね。実際に足を運んでみたくなりました。
急行うち房そと房
2013/10/16 20:48
> 急行うち房そと房様
茨城交通で働いていたという誇りと思い入れがひしひしと伝わりました。その父の背中を見て育ったご子息も、先達が苦労してレールを敷いた歴史を後世に伝えるという使命感を感じているのかもしれません。
板橋バス太郎
2013/10/17 08:19
40系統・飯富線の車両の話題を追加しました。
板橋バス太郎
2013/10/20 21:17

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