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zoom RSS 【西武バス】東久留米団地

<<   作成日時 : 2013/04/07 19:30   >>

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 久留米団地線は昭和38年3月1日に開業した。久留21・東久留米駅東口〜東久留米団地間をメインに、久留21-1・東久留米駅東口〜東久留米団地〜新座営業所間、久留米朝霞線(久留24・東久留米駅東口〜東久留米団地〜小山入口、久留22・東久留米駅東口〜東久留米団地〜新座営業所〜新座市役所〜朝霞台駅、久留23・東久留米駅東口〜東久留米団地〜新座営業所〜新座市役所〜新座駅南口)がある。
 各系統が集まる東久留米駅東口〜東久留米団地間は、日中でもおおむね5〜10分毎に運行されている。東久留米団地行と新座営業所行は深夜バスが設定されている。
 東久留米団地構内には4台分の折返し場、乗務員休憩所がある。同線を担当する新座営業所が近く、出入庫は新座営業所発着となるため、折返し場にはあまり止まっていない。東久留米団地の乗り場で、始発の東久留米駅東口行が発車待ちしていると、遅れて来た他系統に抜かれることがある。
画像←東久留米駅東口行の乗り場。左が乗務員休憩室。奥がバス待機場

画像←3台分のバス待機場。手前にもう1台分のスペースはあるものの、通常は使用していない

 東久留米団地は、日本住宅公団(UR都市再生機構)が昭和37〜38年に入居開始した1,766戸の賃貸住宅。隣接して、国家公務員宿舎の東久留米住宅(昭和38〜39年入居開始、総戸数336戸)と、国土交通省航空管制官交通管制本部宿舎(昭和38〜43年入居開始、総戸数100戸)も建てられた。
 東久留米団地は老朽化により、平成17年から順次建て替えが進められ、高層住宅の「グリーンヒルズ東久留米」となっている。また、公務員宿舎東久留米住宅も取り壊しの予定だが、一部の棟に入居者がいることもあり、空き家のまま残っている。全室が空き家の棟は、入口や1階の窓に板が打ち付けられて痛々しい(不法侵入を防ぐためか)。柵の中には、子どもたちが使った遊具も残っている。すっかり成長した桜の木も、いずれは切られてしまうのであろう。航空管制本部宿舎は空き家のまま残っている。東久留米市では、これらの住宅跡地を利用した街づくりを検討しており、今後は大きく変貌することであろう。
画像←東久留米団地から建て替えられた「グリーンヒルズ東久留米」。ここに低層の団地があったとは思えない光景だ

画像←解体待ちの公務員宿舎東久留米住宅。一部を除いて居住者は全て退去

 団地住民の高齢化が進んでおり、高齢者の姿が目立つ。仕事も定年を迎え、子どもたちも独立したり、一人暮らしの世帯も多いだろう。団地内にあった第四小学校は、少子化により児童数も減少し、平成24年3月に閉校となった。
 団地内唯一のスーパーである西友東久留米団地店は、建て替え工事が進められている。東久留米団地は丘の上にあり、団地周辺には西友以外の大型店舗がない。このため、マイカーはもとより、自転車やオートバイが運転できなくなった高齢者にとって、西武バスは欠かせない貴重な足となっている。
 両線とも新座営業所が担当しており、昼間を中心に高齢者の利用が多いためか、ノンステップバスの割合が高い。清瀬旭が丘線(清63・清瀬駅北口〜けやき通り〜旭が丘団地)と同様だ。
 それにしても、東久留米団地が入居開始された当時、バスと西武池袋線での通勤は大変だった思われる。混雑緩和に20m車で両開きドアを採用した451系、551系、701系と相次いで導入されたが、もちろん冷房車はなく、地下鉄有楽町線・副都心線直通電車もなかった時代だ。また、バス通りもまだ舗装されておらず、雨の日はぬかるみのできた悪路を走っていたのであろう。日本の高度経済成長を支えてきた諸氏に敬意を表したい。
画像←東久留米団地で待機中の三菱QKG−MP37FK(平成24年式)。久留米団地線と久留米朝霞線は、ノンステップバスの入る割合が高い

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