【日東交通】太海駅入口/仁右衛門島入口
■太海駅
JR内房線の太海駅は、大正13年7月25日に開業した当時の木造駅舎が残る。翌14年7月11日に安房鴨川まで全通するまで1年足らずの間は終着駅だった。昭和43年10月1日改正の時刻表をみると、電化前(千倉~安房鴨川間の電化は昭和46年7月1日)にキハ58系気動車で運行されていた急行「うち房」(新宿・両国~木更津~安房鴨川)は、江見や太海にも停車していた。
鴨川市が乗車券発売業務を受託していたが、令和元年6月30日をもって解除し、終日無人駅となった。当時は駅舎に「太海駅観光案内所」の看板が掲げられていたが、鴨川市の財政問題に加え、ICカード利用者の増加、後述する太海フラワーセンターの休園などで利用者が減少した影響と思われる。ICカードチャージ機も使用停止となった。もともと自動券売機はなく、出札窓口や精算窓口、ドアは木で塞がれている。待合室などには城西国際大学から寄贈を受けたベンチが並んでいる。待合室やホームのいたるところに、仁右衛門島(波太島)と太海フラワーセンターの観光案内をPRしている。仁右衛門島への渡し船の就航状況が掲げられているが、ネジで「就航」に固定されている。駅の無人化により、札を変える人がいなくなってしまった。
構内は相対式ホーム2面2線となっているが、太見駅で交換を行う列車はなく、安房勝山、那古船形、九重に続いて棒線化される可能性が高い。上り1番ホームの駅舎の近くには、短いレールが4本埋まっているが、転轍てこ扱所があった名残りである。日本国有鉄道発行の「停車場一覧(昭和41年3月1日現在)」によると、当時の太海駅は旅客と貨物を取り扱う一般駅となっており、構内に分岐器が多く設置されていた。昭和46年6月8日に千倉〜安房鴨川間が自動信号化されて以降も、レールが撤去されずに残っているのは奇跡といえよう。なお、昭和47年10月14日現在の「停車場一覧」では、太海駅は旅客駅となっている。貨物扱所跡地は保守基地に転用されることなく、空き地となっている。買い手が付かないとみえ、国鉄清算事業団の売却予定地とならなかった模様。
駅前広場には、かつては鴨川日東バスの曽呂線(廃止代替バス、太海駅〜曽呂終点)が乗り入れていた。平成20年11月1日に鴨川市コミュニティバス南コースに再編されたものの、平成24年7月1日から運行経路の変更に伴い、太海地区へ乗り入れなくなった。
駅前は鴨川警察署太海駐在所のみとなっている。駅舎の向かい側に、館山中央交通のガレージ仕様の待機場があったが、平成30年に廃業してしてしまい、使用されていない。看板には鏡浦自動車(きょうほタクシー)の「約10分でお迎えにあがります」と貼られている。鏡浦自動車は日東交通の関連会社ということもあり、日東交通の多くの停留所に電話番号が貼ってある。
太海駅の山側には城西国際大学観光学部のある安房キャンパスが立地している。駅から徒歩約15分だが、高台にあるので鉄道利用者は皆無であろう。安房キャンパスは平成18年4月に開設された。しかし、令和4年度から東金キャンパスに移転する。大学の運営法人では、少子化によるキャンパス機能再編と経営合理化を挙げており、移転後は土地と施設を鴨川市に無償返還することになっている。観光学部は約300人の学生が在籍しており、市では学生流出による更なる人口減やアパートの空室増加など、地元への影響を懸念している。日東交通が運行している大学線(鴨川駅西口~横渚~城西国際大学観光学部)も、大学と運命をともにすることになろう。東金の方が東京都区内や千葉県北西部から日帰り圏なことや、成田空港に近いことなど、立地条件も優位と思われる。
↑太海駅
↑ホーム側から見る
↑転轍小屋跡地。4本のレールが埋まる
↑城西国際大学がそびえる
↑館山中央交通の待機場跡
■太海駅前
坂を降りると、県道247号・浜波太港線に出る。昭和48年3月に国道128号鴨川バイパスの嶺岡トンネルが開通するまでは国道128号線だった。日東交通の鴨川市内線(仁右衛門島入口〜鴨川駅前〜亀田病院〜天津駅前〜誕生寺入口)と館山鴨川線(館山駅〜安房医療センター〜古川〜お花畑〜鴨川駅東口〜亀田病院)の太海駅前停留所がある。鴨川駅方向の停留所の近くには、小さな待合室がある。コンクリート製で、両側から出入りできる。こどもたちのイラストが書かれている。室内は3人掛けのベンチが1脚置かれており、地元の人の手によってきれいに清掃されている。
↑太海駅前停留所
↑待合室
↑バス停前から太海駅への案内
■仁右衛門島入口
県道を南下すると、仁右衛門島入口停留所だ。鴨川市内線の起終点となる。源頼朝や日蓮の伝説のある名勝・仁右衛門島の渡船場まで約400mだ。周辺はホテルや飲食店が並んでいる。ただし、日帰り圏であることや、昨今のコロナ禍の影響もあり、太海駅前から仁右衛門島入口にかけて、廃業した店屋も散見される。
かつての行先方向幕は、「仁右ヱ門島入口 太海フラワーセンター」と、天地二段書きとなっていたように、太海フラワーセンターも隣接している。行先方向幕の「衛」は、「ヱ」と略していた。LEDはきちんと表記している。
太海フラワーセンター(太海フラワー磯釣りセンター)は、植物園をメインに、犬猫ランド、釣り堀、レストランなどで構成されていたが、平成30年12月31日をもって休園となった。磯釣り堀は季節営業となっている。令和元年房総半島台風の影響か、温室ハウスの天井がいたるところで割れているのは哀れだ。
日東交通とJRバス関東が運行していた南房総定期観光バス「南房号」(館山駅~水中観光船~南房パラダイス~野島崎灯台~ローズマリー公園~太海フラワーセンター~鴨川シーワールド~安房鴨川駅)が乗り入れていたが、平成14年5月3日をもって廃止された。
仁右衛門島入口のバス待機場は、館山方面に進んだ国道128号線太海立体の側道脇に設けられている。折返し場はなく、一方通行の側道を周回して向きを変える。太海立体が完成するまでは国道だったようだ。「ワンマンバス駐車場に付き 他車の駐停車を禁止します。」の看板が設置されているガードレールは、錆具合からみて国道時代に設置されたようだ。
↑バス待機場
↑看板は日東交通に貼り替えられている
↑仁右衛門島
↑休園中の太海フラワーセンター。温室ハウスのガラスが割れて痛々しい
JR内房線の太海駅は、大正13年7月25日に開業した当時の木造駅舎が残る。翌14年7月11日に安房鴨川まで全通するまで1年足らずの間は終着駅だった。昭和43年10月1日改正の時刻表をみると、電化前(千倉~安房鴨川間の電化は昭和46年7月1日)にキハ58系気動車で運行されていた急行「うち房」(新宿・両国~木更津~安房鴨川)は、江見や太海にも停車していた。
鴨川市が乗車券発売業務を受託していたが、令和元年6月30日をもって解除し、終日無人駅となった。当時は駅舎に「太海駅観光案内所」の看板が掲げられていたが、鴨川市の財政問題に加え、ICカード利用者の増加、後述する太海フラワーセンターの休園などで利用者が減少した影響と思われる。ICカードチャージ機も使用停止となった。もともと自動券売機はなく、出札窓口や精算窓口、ドアは木で塞がれている。待合室などには城西国際大学から寄贈を受けたベンチが並んでいる。待合室やホームのいたるところに、仁右衛門島(波太島)と太海フラワーセンターの観光案内をPRしている。仁右衛門島への渡し船の就航状況が掲げられているが、ネジで「就航」に固定されている。駅の無人化により、札を変える人がいなくなってしまった。
構内は相対式ホーム2面2線となっているが、太見駅で交換を行う列車はなく、安房勝山、那古船形、九重に続いて棒線化される可能性が高い。上り1番ホームの駅舎の近くには、短いレールが4本埋まっているが、転轍てこ扱所があった名残りである。日本国有鉄道発行の「停車場一覧(昭和41年3月1日現在)」によると、当時の太海駅は旅客と貨物を取り扱う一般駅となっており、構内に分岐器が多く設置されていた。昭和46年6月8日に千倉〜安房鴨川間が自動信号化されて以降も、レールが撤去されずに残っているのは奇跡といえよう。なお、昭和47年10月14日現在の「停車場一覧」では、太海駅は旅客駅となっている。貨物扱所跡地は保守基地に転用されることなく、空き地となっている。買い手が付かないとみえ、国鉄清算事業団の売却予定地とならなかった模様。
駅前広場には、かつては鴨川日東バスの曽呂線(廃止代替バス、太海駅〜曽呂終点)が乗り入れていた。平成20年11月1日に鴨川市コミュニティバス南コースに再編されたものの、平成24年7月1日から運行経路の変更に伴い、太海地区へ乗り入れなくなった。
駅前は鴨川警察署太海駐在所のみとなっている。駅舎の向かい側に、館山中央交通のガレージ仕様の待機場があったが、平成30年に廃業してしてしまい、使用されていない。看板には鏡浦自動車(きょうほタクシー)の「約10分でお迎えにあがります」と貼られている。鏡浦自動車は日東交通の関連会社ということもあり、日東交通の多くの停留所に電話番号が貼ってある。
太海駅の山側には城西国際大学観光学部のある安房キャンパスが立地している。駅から徒歩約15分だが、高台にあるので鉄道利用者は皆無であろう。安房キャンパスは平成18年4月に開設された。しかし、令和4年度から東金キャンパスに移転する。大学の運営法人では、少子化によるキャンパス機能再編と経営合理化を挙げており、移転後は土地と施設を鴨川市に無償返還することになっている。観光学部は約300人の学生が在籍しており、市では学生流出による更なる人口減やアパートの空室増加など、地元への影響を懸念している。日東交通が運行している大学線(鴨川駅西口~横渚~城西国際大学観光学部)も、大学と運命をともにすることになろう。東金の方が東京都区内や千葉県北西部から日帰り圏なことや、成田空港に近いことなど、立地条件も優位と思われる。
■太海駅前
坂を降りると、県道247号・浜波太港線に出る。昭和48年3月に国道128号鴨川バイパスの嶺岡トンネルが開通するまでは国道128号線だった。日東交通の鴨川市内線(仁右衛門島入口〜鴨川駅前〜亀田病院〜天津駅前〜誕生寺入口)と館山鴨川線(館山駅〜安房医療センター〜古川〜お花畑〜鴨川駅東口〜亀田病院)の太海駅前停留所がある。鴨川駅方向の停留所の近くには、小さな待合室がある。コンクリート製で、両側から出入りできる。こどもたちのイラストが書かれている。室内は3人掛けのベンチが1脚置かれており、地元の人の手によってきれいに清掃されている。
■仁右衛門島入口
県道を南下すると、仁右衛門島入口停留所だ。鴨川市内線の起終点となる。源頼朝や日蓮の伝説のある名勝・仁右衛門島の渡船場まで約400mだ。周辺はホテルや飲食店が並んでいる。ただし、日帰り圏であることや、昨今のコロナ禍の影響もあり、太海駅前から仁右衛門島入口にかけて、廃業した店屋も散見される。
かつての行先方向幕は、「仁右ヱ門島入口 太海フラワーセンター」と、天地二段書きとなっていたように、太海フラワーセンターも隣接している。行先方向幕の「衛」は、「ヱ」と略していた。LEDはきちんと表記している。
太海フラワーセンター(太海フラワー磯釣りセンター)は、植物園をメインに、犬猫ランド、釣り堀、レストランなどで構成されていたが、平成30年12月31日をもって休園となった。磯釣り堀は季節営業となっている。令和元年房総半島台風の影響か、温室ハウスの天井がいたるところで割れているのは哀れだ。
日東交通とJRバス関東が運行していた南房総定期観光バス「南房号」(館山駅~水中観光船~南房パラダイス~野島崎灯台~ローズマリー公園~太海フラワーセンター~鴨川シーワールド~安房鴨川駅)が乗り入れていたが、平成14年5月3日をもって廃止された。
仁右衛門島入口のバス待機場は、館山方面に進んだ国道128号線太海立体の側道脇に設けられている。折返し場はなく、一方通行の側道を周回して向きを変える。太海立体が完成するまでは国道だったようだ。「ワンマンバス駐車場に付き 他車の駐停車を禁止します。」の看板が設置されているガードレールは、錆具合からみて国道時代に設置されたようだ。
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