【日東交通】案内所化された上総湊出張所

 令和3年4月11日から、富津営業所上総湊出張所は富津営業所に業務へ移管(統合)し、事実上の廃止となった。昨今のバスを取り巻く厳しい経営環境からみれば、効率化を図ることは企業として当然である。しかし、平成6年10月に日東交通富津営業所湊出張所から分離し、平成27年9月まで天羽日東バス本社営業所が置かれていただけに、輸送拠点が消えることは一抹の寂しさを感じる。公式ホームページの問い合わせ先は、富津営業所に書き換えられている。
 車庫機能の廃止により、点呼執行者を置かなくなり、現地出退勤もなくなった。単なるバス乗り場と待機場に過ぎない。旧上総湊出張所の窓口業務は上総湊案内所として、定期券・回数券発行などの発行は行っているものの、令和2年4月の富津市内の小中学校の統廃合により、スクールバスの運行が拡大し、通学生の利用が少なくなったこともあるだろう。高速バスネット業務も、令和3年4月30日で販売終了となる。営業時間は9:00~12:00と13:00~16:00で、年中無休となっているものの、いずれは営業時間の短縮や休日休業となる可能性がある。
 上総湊案内所の動向を調査すべく、JR内房線で上総湊へ向かった。内房線についても、令和3年3月13日のダイヤ改正でE131系によるワンマン運行が開始されるという大きな動きがあった。終点の上総湊では島式ホームを挟んで、千葉初上総湊行の209系8両編成と上総湊発館山行のE131系の2両編成が接続している。113系や183系の世代である私にとっては新鮮な光景だ。土曜日の朝ということもあって全員が座れたようだが、時間帯(木更津始発で、君津で後続の快速と接続する時間帯)によっては、混雑する可能性がある。満員で乗り切れなかったという情報は聞いておらず、2両編成で間に合ってしまうのが実態なのだ。小生も平日の日中に、複数の2両編成の列車に乗車したが、立ち客がいた列車はなかった。ただし、朝の通学時間帯については、当初の2両編成から2両+2両の4両編成に変更された。やはりワンマン運行だ。通学生の混雑を見込んで、急遽4両編成に変更されたとみられる。小生も先日、安房鴨川発10:58発の木更津行でE131系の4両編成を確認した。また、209系による代走もあるようだ。したがって、千葉支社用の冊子型時刻表では2両となっている。ただし、現在はコロナ禍で人の動きが少ないことを加味しても、多客期に2両編成では輸送力に不安があり、臨機応変な増結を願いたい。
 以前から千葉~上総湊間の折り返し列車は設定されていたが、今度は上総湊以南からの折り返し列車も新設され、乗換駅としての使命を担うことになった。駅構内に乗務員休憩室は新設されていないようで、折り返しの準備を終えた運転士は、発車まで乗務員室で時間を潰すしかない。
 休校日なので天羽高校の通学生の姿はなく、跨線橋を渡って、この時間帯は委託駅員が不在の改札口を出たのは、私を除いて4~5人だった。下車客は早々と駅前通りに消え、駅前にいるのは私ひとりだけとなった。
 昭和30年代に日東交通上総湊営業所として建てられたと思われる、上総湊案内所と乗務員休憩室の建物は健在で、窓口やバスのりばの佇まいは変わらない。乗務員や内勤者の宿泊施設も不要なことから、建物を持て余しており、いずれは建て替えられる可能性が高く、予断を許さない。窓口の掲示は上総湊案内所、問い合わせ先は富津営業所の電話番号となっており、上総湊出張所がなくなったことを実感する。
 構内には乗務員と管理者の自家用車、社用車が1台も止まっていないことから、現地出退勤が行われなくなったことを裏付けている。令和元年房総半島台風で旧整備工場が被災して解体され、そして今度は止まっている車が1台もいないと、意外に広く見えるものだ。折り返しの時間がある時は、従来通り中休で使うことになる。窓口の営業時間前になると、車で出勤して来るのであろうか。
 隣接する第二車庫は空き地で、こちらもバスや自家用車の姿はなく、看板類も撤去されている。旧整備工場解体後に、倉庫として置かれていたコンテナもない。
DSC_0639.JPG↑E131系2両編成の館山行
DSC_0642.JPG↑館山行と千葉行が並ぶ新鮮な光景だ
DSC_0659.JPG↑建物とバス乗り場は健在。富津公園行を先頭に3台のバスが並ぶ
DSC_0648.JPG↑窓口の名称は案内所に貼り替えられている
DSC_0647.JPG↑駐車車両のいない構内
DSC_0645.JPG↑第二車庫
富津営業所
 このあとは、富津営業所の様子を見るため、上総湊駅8:30発の富津公園行に乗車した。車両はおなじみの三菱PA-ME17DFだ。後ろに戸面原ダム行と東京湾フェリー行の日産ディーゼルKC-RN210CSNが2台続いている。発車間際に中扉から現れた運転士は、中ほどの2人掛け座席に、リックサックを持った見慣れぬ中年男が座っていて驚いたと思う。休日に朝の上総湊駅からの利用は滅多にいないであろう。しかも上総湊駅発の最終で、
土休日は始発でもある。川名で降りたが、利用者は私だけだった。
 川名停留所の古びたポールは交換されていた。ただし、旧鴨川日東バス仕様で「鴨川」を消した跡があり、支柱を挟んで「日」「東バス」となっている。停留所名は貼り紙だ。
 富津営業所構内を見渡した最初の印象は、本社車両課の整備車両が多いことを加味しても、バスの台数が増えたことだ。今までも上総湊出張所の車両が休憩に来ることがあったが、上総湊出張所所属車が全て富津営業所に集約されたのだから、夜間の構内はスペースいっぱいとなるのであろう。所属台数が増えたことから、事務所横にあった従業員駐車場はバスの駐車場となり、奥の廃車置き場所へ移設し、駐車マスも整備されている。
 奥の廃車置き場には、ナンバーを切られた様々な車両が止めてある。館山日東バスの貸切車は、残念ながら日東交通合併後は生き残れなかった。年式に加え、コロナ禍で貸切需要が壊滅的なので、減車となってしまったようだ。元上総湊出張所に所属していた日産ディーゼルKC-RN210CSNの「740」は、正面の行先表示に教習車と貼られている。富津営業所はエリアが広くなったので、教習に使用するのであろう。このまま車検を受けることなく廃車になると思われる。
 元横浜市営の日野ポンチョは、後向きで留置されている。近くには中郷富岡線用の日野リエッセがナンバー付きで留置されている。財産処理の関係で抹消登録できないのか。日本製鉄の特定車として使用されていた日産ディーゼルスペースランナーAと三菱ふそうエアロスターの廃車体は、部品取り兼倉庫として留置されている。エンジンや足回りの不具合で廃車となったので、車体更生を受けてそれほど経っていないこともあり、廃車体のわりには綺麗だ。
 撮影時間帯には、ちょうど土休日運行の金谷マザー線(東京湾フェリー前〜マザー牧場)と、土休日は朝寝坊ダイヤとなる鹿野山線(佐貫町駅〜マザー牧場〜神野寺)が出庫していった。その一方、鴨川営業所から整備車両も到着するなど、活気付いていた。
 小生はこのあと、かじや本店前まで歩き、富津線の木更津駅西口行に乗車した。
DSC_0664.JPG↑ポールが交換された川名停留所
DSC_0666.JPG↑旧上総湊出張所の車両。左の「697」は、マザー牧場行として東京湾フェリーまで回送
DSC_0685.JPG↑鹿野山線用の「25」㊧。これから佐貫町駅まで回送
DSC_0670.JPG↑廃車置き場に固められた車両群
DSC_0673.JPG↑リエッセと横浜市営の日野ポンチョ
DSC_0671.JPG↑「740」は教習車



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