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zoom RSS 【神奈川中央交通】八角広場前

<<   作成日時 : 2014/09/20 09:00   >>

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 国鉄相模線西寒川支線の廃線跡の一部は寒川町に譲渡され、「一之宮遊緑道」として再利用されている。後述する八角広場の案内板には「一之宮緑道は、緑のネットワークの一環として旧国鉄相模支線跡地を利用して、昭和60年度より整備を行ったものです。延長は約900mあり、広場は3つのタイプ(筆者注:Aゾーン、Bゾーン、Cゾーン)の園路から構成されています。(以下略)」と記載されている。
 徒歩だけでなくジョキングや自転車での通行のほか、親が子どもを公園で遊ばせている光景も見受けられるなど、有効に活用されているようだ。住宅が多く、県道47号・藤沢平塚線と離れていることもああろう。
一之宮公園
画像←遊歩道に並行して廃線レールが残る

画像←モニュメントとして車輪が置かれている

 Bゾーンの一之宮公園は、遊歩道と並行してレールがそのまま残っており、レールの両端には、それぞれ車輪が置かれている。一つの1個の台車の車輪をバラしたのだろう。駅名標を模した案内板が立っている。枠組みは枕木を再利用したようだ。公園管理事務所も置かれ、一之宮緑道の中心地となっている。
画像←駅名標のような案内板

画像←貨物引込線跡らしきところにある門扉。右端が廃線跡の遊歩道で、西寒川支線と貨物線の踏切が並んでいたようだ

 Cゾーンはレールが撤去され、遊歩道となっている。道幅から鉄道時代の雰囲気を残している。この付近には廃線跡と別に、ウナギの寝床のような砂利敷きの月極駐車場があり、昭和45年7月10日付で廃止された貨物線があったようだ。縦列駐車なので止めにくそう。その名残りなのか、貨物線側の踏切跡に面して門扉が残っている。
八角広場(西寒川駅跡地)
 西寒川駅跡地は八角広場となっており、文字通り八角形をした噴水がある⛲。ただし、節水のためか取材日は水は出ていなかった。
画像←八角形の噴水。奥が廃線跡の遊歩道

 ホームは撤去されたが、レールはそのまま残されている。正面の旧改札口前(といっても駅舎はなかった)に、神奈川中央交通の茅53(茅ヶ崎駅〜下河原〜寒川駅南口)の八角広場前停留所(寒川駅南口方面)が設けられている🚌。以前は西一之宮停留所に折返し場があり、茅ヶ崎駅からの路線はここで折り返していた。平成16年1月5日から寒川駅南口まで延長され、旧西一之宮停留所を八角広場前に改称するとともに、西一之宮停留所は移転した。神奈中では西寒川支線が運行されていた頃から路線を運行していたこともあり、廃止代替バスと称していない。
画像←旧西寒川駅の改札口跡の前にある八角公園前停留所

画像←西寒川駅跡地もレールが残されている。奥のバスは茅53・寒川駅南口行で、車両は「かなちゃん号」の「ち68」

 廃線跡の終端には「旧国鉄西寒川駅 相模海軍工廠跡 寒川町長書」と書かれた記念碑が立っている。相模海軍工廠は旧海軍の化学兵器工場だった。碑文には次のように記載されている。
 ここ旧西寒川駅跡に佇んで東を望み、更に南に目を転ずるとその視界に工場群が迫る。そこは、かつて多くの仲間が営々と働いた 相模海軍工廠(昭和20年敷地704,000u)跡地である。往時を偲べば、先人や友の姿が彷彿と甦り、懐旧の想いひとしおである。
 第二次大戦後 工業立地に恵まれた跡地は町発展の礎となり、今日の繁栄をもたらした。いま大地に大地に深く根差した緑に世界の平和を願い、国土の安隠を祈る。
 建立 相廠会 及び 協力企業 昭和63年春
 
 平成14年9月に西寒川駅跡地からほど近いさがみ縦貫道路の工事現場で、旧日本軍が相模海軍工廠で製造したと思われる危険物が発見されたことは記憶に新しい。
 なお、西寒川から先、相模川にほど近い四之宮まで0.5qの線路が延びていたが、昭和19年6月1日付で廃止されている。廃止されてから70年が経過しているので、痕跡はほとんど残っていない。
画像←「旧国鉄西寒川駅 相模海軍工廠跡」と書かれた記念碑

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