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zoom RSS 【西武バス】ひばりが丘団地

<<   作成日時 : 2012/06/23 19:10   >>

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 平成21年式の日産ディーゼルPKG−AP35UK(三菱ふそう)。車番は「A9−347」。三菱ふそうとの相互OEMの「スペースランナーA」。ホイールベース4.8mの短尺ワンステップバスで、滝山営業所西原車庫に配置されている。
 西原車庫管内は、境04系統(武蔵境駅〜田無駅〜ひばりが丘団地〜ひばりヶ丘駅、境07系統(武蔵境駅〜田無駅〜文華女子中学高校前〜南沢五丁目〜ひばりヶ丘駅)などが通るひばりが丘二丁目付近のクランクと、ひばりが丘一丁目付近のT字路が狭いため、全車短尺車に統一されている。これら2カ所は、いずれも信号機が付いていない。特にひばりが丘一丁目では大回りが必要で、対向車が来ると曲がれないため、誘導員が交通整理を行なっている。西武バスはワンマン化が早かったものの、市街地では狭隘区間が多く、田無駅や清瀬駅南口などにも誘導員が配置されている。乗務員の境04系統関係のダイヤ表には、テプラで「苦情多発!団地西口付近20キロ走行」と貼られている。
 なお、西原車庫はダイヤ制のため、田無駅乗継や田無駅〜文華女子中学高校前(西原車庫最寄り停留所)間の便乗がある。
画像←日産ディーゼルPKG−AP35UKは西原車庫のみ配置(ひばりヶ丘駅)

■ひばりが丘団地
 ひばりが丘団地は、当時の日本住宅公団(現・都市再生機構)が保谷町(現・西東京市)、田無町(同)、久留米町(現・東久留米市)の中島航空金属田無製造所跡地に建設し、昭和34年から入居開始した180棟・全2,714戸の大規模団地である。建物の形状、階数にバリエーションがあった。当時は最先端の建物として、皇太子(当時)夫妻をはじめとする多数の要人が視察に訪れた。
画像←保存されたスターハウス。後方は「ひばりが丘パークヒルズ」に建て替えられた

画像←当時の皇太子夫妻が視察に訪れたことを紹介

 ひばりが丘団地の開発に合わせて、昭和34年に西武池袋線の「田無町駅」は「ひばりヶ丘駅」に改称された(ただし、住居表示や団地名は「が」、駅名は「ヶ」と異なる)。また、団地住民の足を確保するため、西武バスでは昭和37年にひばりヶ丘駅〜三鷹駅間、39年にひばりヶ丘駅〜ひばりが丘団地〜田無駅〜武蔵境駅間、40年にひばりヶ丘駅〜谷戸〜田無駅間を運行を開始した。
 しかし、老朽化が進んだことから、現在は高層住宅の「ひばりが丘パークヒルズ」に建て替えが進められている。入居者がいるため、約半数の棟は解体されずに残っているが、ほとんどが空き家だ。4棟あった星型住宅「スターハウス」のうち、53号棟は「ひばりが丘パークヒルズ管理サービス事務所」として利用されている。
画像←解体されずに残っている棟の大半は空き家となっている。当時は近代的な建築だった

画像←ひばりが丘団地跡地には「ひばりが丘パークヒルズ」の建設が進む

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