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zoom RSS 【JRバス関東】国鉄バスの遺構

<<   作成日時 : 2010/01/08 00:49   >>

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 JRバス関東多古線沿線には、国鉄バス時代の遺構が残っており、路線が廃止されたあとも、バス停留所の待合所を見かけることができる。なお、自分の記憶や手持ちの文献、時刻表などをもとにしているが、憶測による記述もある点を承知のうえでご覧いただきたい。特に栗源に駅が設置されていたことは明らかになっているものの、現役時代の資料類は皆無である。
【八日市場駅】
 八日市場駅は多古本線(八日市場駅〜多古仲町〜三里塚〜JR成田駅)の起点である。このほか、国鉄時代は豊栄線(八日市場駅〜田久保〜多古、昭和61年廃止)や飯高線(八日市場駅〜飯高〜栗源〜佐原駅、昭和47年廃止)といった系統が多数発着し、国鉄バスのジャンクションだった。今だと、なぜ回数の少ない八日市場駅が起点(下り)で、拠点(八日市場支店)があるのか疑問に思うが、昔の多古線は八日市場側の比重が高かったのだ。
 さて、その八日市場駅の改札口の近くには、現在でも「のりかえ JRバス 多古・三里塚・成田 栗源・佐原方面」の案内がある。レールとバスが一体輸送をしていた名残りだ。
 駅前に鉄筋コンクリート2階建ての立派な駅舎があり、国鉄時代は1階に乗車券売り場があった。窓口閉鎖後は、立ち喰いそば屋「つくも」を営業していた。しかし、残念ながら数年前に閉店し、現在は建物全体が空きテナントとなっている。千葉交通の一般路線は全て廃止され、匝瑳市のコミュニティバスとなった(運行は千葉交通とJRバス関東が受託)。一般路線はJRバス多古線のみで、あとは東京駅行の高速バスが発着する。
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【坂志岡】
 平成5年に廃止された山武本線(JR成田駅〜三里塚〜上総二川〜松尾駅)も、国鉄バス(JRバス)が運行していた痕跡がいくつかある。坂志岡停留所跡は、今でも待合所とポールの円盤が残っている。長年の風雪に耐え、文字が判読できない状態なっている。
 現在は芝山ふれあいバスの停留所があるものの、壁や窓が抜け落ちており、待合所としての機能を果たしていない。このほか、上総山室などにも待合所が残っている。
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【栗源駅】
 今では信じられないが、栗源にもバス駅があった。栗源駅は昭和22年の栗源線運行開始時に開設された。今は香取市と合併した栗源町の中心部は、栗源仲町周辺にもかかわらず、多古町との境界の街外れに駅があったのは、道路がY字路になっているためであろう。昭和47年まで飯高線(栗源〜飯高〜八日市場駅)や山倉線(佐原駅〜栗源〜山倉〜小見川駅)もあり、国鉄バスのジャンクションとして機能していた。方向転換するスペースは狭く、ツーマンバスだったので車掌が誘導していたはずだ。乗車券の発売は駅前の商店が受託し、駅舎とバスの停車スペースの土地も借り上げていたようだ。現在でも旧駅舎は朽ち果てた姿で残っており、廃駅となってかなりの年月が経っている。また、商店も閉じており、自動販売機が並んでいるだけだ。車を運転していると気付かず、たちまち通り過ぎてしまう。
 栗源駅廃止後は、別な場所にワンマンバスの回転できる栗源転向場を設置し、多古〜栗源仲町〜栗源転向場間の区間便が長らく運行されていた。その後、平成12年7月20日の改正で栗源転向場も廃止され、本三倉(栗源の一つ多古寄り)発多古行として営業運転していた(運行開始は9月1日から)。片道のみの設定で、八日市場支店から回送していたため、本三倉行はなかった。しかし、この区間便も長く続かず、平成17年9月25日をもって廃止された(最終運行日は9月22日)。
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